来た ! ・・・メジロ




待ちかねていた瞬間・・・メジロが来ました。
窓辺には、なかなか来てくれないので、ちょっと離れたところに夫が餌場を作りました。
翌日、夫婦で来ました。
慣れるまでは、交代で食べています。
可愛くて・・・いつまで見ていても飽きません。

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一方、夫のお気に入りも来ました。
庭で薪を切ったり割ったりしていると、近くでじっと見下ろしているのです。
真ん中の上の方に写っています。
辛抱強く待ち、夫が離れると、すぐに降りてきます。
彼のお目当ては、木の中の虫らしい・・・木屑の中を歩き回り、ついばんでいます。
夫は、それを見たくて、途中で仕事を辞めてしまいます。

メジロよりはだいぶ大きく、ヒヨよりは小さく、尾が短い。
図鑑で探しても、見つかりません。
木の枝や、屋根の上を行ったり来たりしながら待っている様子がとても可愛いのです。

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楽しみに訪問しているブログがしばらくお休みすることになりました。
寂しい・・・。
庭仕事や手仕事、お出かけ、飼い犬や猫、などなど・・・なんでもない日常が美しい写真とともに、淡々と綴られています。
寒くなって庭には花もなく、お出かけも少なく、ブログに載せる出来事も特にない・・・ということで
暖かになるまでお休みするそうです。

確かに・・・山暮らしでも、同様で、昨日とほぼ同じ今日が続きます。
私は出かけませんから、旅やお出かけのブログが好きです。
それと、料理が苦手なので、おいしいものが載っているものも好き。毎日の献立のヒントにもなります。
人にも会わない暮らしですから、コメントはちょっとおしゃべりをした気分です。
居ながらにして世界が広がります。
楽しませていただいている分、こちらも、訪問される方が、なにか楽しくなれるようなものを載せたいものだとは思いますが、
難しいものですね。

今日は曇りで庭仕事はできそうもありません。
さて・・・何をしましょうか。







# by aomeumi2 | 2019-01-20 11:50 | 笑う犬 | Comments(2)




一年の大半をヨットで過ごす・・・という生活をするイザベルを捕まえるのは至難の業です。
ネットも電話も繋がりません。
ヨットで暮らす人の消息は、船の名前がわかれば、どの港に停泊しているかがわかるらしいのですが、慣れない私たちには無理でした。
クリスマスには、家族と過ごすためにフランスのリールに戻っているはずに違いなく・・・。

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携帯に電話をしたら・・・2日前にリールからブルターニュに戻ったということでした。
無事発見 !
元気そう・・・というより、幸せそうです。よかった、よかった・・・。

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予想通り、クリスマスと新年はリールで過ごしたそうで、南仏に移り住んだ息子夫婦と孫たちにも会えたそうです。
これは、数年前の写真です。

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子供達は大きくなって、上のお姉ちゃんレアは「多分、ミツコの背丈は越えたと思う・・・」とのことでした。

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赤ちゃんだったセザールは、素敵な少年になったようで、お兄ちゃんのエンゾ以上に活発で、おしゃべりのようです。

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私のお気に入りのエンゾは、相変わらず和太鼓が好きで、そこいら中を叩いているらしい。
しつけが大変厳しく・・・パパに「コーナー !」と、いわれたら一巻の終わり。
部屋の隅で、いいと言われるまで立っていなくてはいけません。
エンゾは、すぐにすすり泣き始めます。これを聞いているのが辛くて・・・お姉ちゃんのレアは決して泣きません。

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リールの両親も元気なようですが「あなたの好きな、モイーズ(父親)は、ヨボヨボよ・・・ははは」
80才を過ぎたお母さんは、とても元気で、相変わらず集まった家族のために料理を作っていたそうです。
パソコンを失くしたそうで、私の送ったメールは読んでいないようでした。
今度は、いつどこで会おうか・・・相談しているところです。







# by aomeumi2 | 2019-01-17 09:41 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(14)





冬の楽しみは、メジロです。
だいたいが夫婦でやってきて、まずは、オスが餌場に来ます。
キョロキョロあたりを伺い、安全を確認すると、近くで待っているメスに知らせるのです。
食堂の窓辺に餌場を作り、ガラス越しに近くで眺めながら、朝ご飯を食べるのが冬の楽しみです。

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しかし、今年は、待てど暮らせど、やってきません。
暖かなので、まだ豊富に実ものがあるのでしょうか。
そういえば、今年はマユミの花が一つも咲きませんでした。
蠟梅も水仙も、アネモネも、ヒヤシンスは芽も出てこないのです。

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小さい庭ながら、知識がないので、振り回されてばかりいます。
四季折々に花を咲かせるのは、大変なことなのだと痛感しています。
薔薇は、今月中に肥料をやり、剪定を済ませないといけないようです。
肥料はやったものの・・・剪定は難しい。
思い切って剪定するのが怖いのです。いつまでたっても素人です。




# by aomeumi2 | 2019-01-14 13:39 | 天然な暮らし方 | Comments(16)



カウン・デ・アグア(ポルトガル・ウェーター・ドック)アトゥンです。
かつて、漁師とともに船に乗り、仕事をしていた犬です。水かきがあるので、もぐるのが得意なのです。
私たちが住んでいた漁師町が発祥地でした。
道端で抱かせてもらったら手放せなくなり、連れて帰りました。

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公園で、すぐに友達が出来ました。
お人好しの犬で、何をされても我慢してくれた。
佐平治と名付けました。
朝、公園に行くと、砂場で待っていてくれました。
団子になって、砂場を転げ回る二匹の姿を今でも思いだします。

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夏になると、犬乗船禁止マークのついた船で、毎日のように島に渡りました。
船長の犬が乗っていました。
当時、観光客はほとんどいませんでした。

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飽きずに海に飛び込み、島の犬と遊びほうけ・・・
帰りは、疲れ果て、居眠りしながら歩いて、花株につまづいたりしました。
十年間、私たちの暮らしを楽しいものに変えてくれた家族でした。
休暇で帰国していたときに亡くなりました。
そばにいてやれなかったことが悔やまれます。
ごめんね・・・アトゥン。

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帰国してからは、ポルトガルのことを思い出さないように注意していました。
しかし、カナダ、スペイン、モロッコを含め、膨大な写真があります。
まだデジカメがなかった時代です。

新年を迎えて、なにか吹っ切れ、写真の整理を始めました。
ただただ、懐かしく・・・忘れていたこともあります。
ほとんどは捨てます。瞬く間に、ポリ袋が膨らみました。
少しだけアルパムに残し、たまには眺めようと思っています。

動けなくなったら、アルバムをめくり、頭の中で旅をしようと思っているのです。









# by aomeumi2 | 2019-01-11 11:40 | 笑う犬 | Comments(14)



あの日、1月7日は、モロッコにいました。

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日付から察すると、正月休みだったのかも知れません。
山あいの、小さな村、ショウアンにいました。

どういう経緯からか、夫は理髪店で髭をあたってもらっていました。
女は店には入れません。
とても寒い日で、足踏みをしながら、店の前を行ったり来たりして待っていました。
いつものことですが、子供達が集まってきました。
物珍しさと、小銭やキャンディーをねだるのです。
と、店から親父がカミソリを振り回しながら、飛び出してきました。
「おい、ニホンにクーデターが起きたぞ !」
え・・・? ? ?
店の奥から、夫の声が・・・「ラジオで、ニホンに革命が起きたって・・・アラブ語だから、よくわからない」
「早く、新聞買って来い・・・お前たちは、モロッコから出られるかどうかわからないぞ !」親父が、カミソリを振り回します。
恐ろしさで、足がガクガク震えました。

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子供達に案内されて、近くのキオスクに走って行きました。
そこには・・・
たくさんの新聞には、全て現在の天皇皇后の写真が・・・お二人とも、空を見上げ、明るい表情です。
え・・・? ? ?
英語の新聞はなく、アラブ語と、フランス語のものだけです。
見出しには、大きく " EISEI " と、あります。
このとき始めて、あぁ・・・天皇陛下が崩御されたに違いない・・・と、思いあたりました。
しかし、どの新聞にも、昭和天皇のお写真はありませんでした。

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慌てて、北アフリカのスペイン領、セウタに戻り、" EISEI " は、新年号の " 平成 " Heisei であるとテレビで知りました。
フランス語では H を発音しないのです。

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平成の時代が終わります。

そのほとんどを、私たちは北アフリカのスペイン領セウタ、モロッコ、そして南ポルトガルで過ごしたのでした。
その間に、湾岸戦争もあり、セウタのモロッコ人街に住んでいた私たちを、近所のカフェの親父が、
「なにがあっても、お前たちだけは、オレが守ってやる」と、言ってくれましたが、近隣の人々の目つきが変わりました。
モロッコ人街の家を出て、街中のスペイン人街に、慌てて移ったものの、泥棒に入られ、身ぐるみはがされたのでした。

当時の夫の髪は、真っ黒でふさふさ・・・なにごともなく、よく帰ってこられたものです。





# by aomeumi2 | 2019-01-08 13:08 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(16)