モロッコの街道を走っていると、こんな看板が現れます。
この先に、レストランあり・・・しかし、それは小さな市場に屋台の食べ物屋がある程度で、必ずお腹を壊しました。
屋台に七輪を乗せただけの店で、鰯やトマトの煮込みなどはとてもおいしそうで、私は、尽きっきりで見張ります。
「ダメ、ダメ、もっとよく煮て・・・」などと口うるさく・・・しかし、どんなに煮込んでも、お腹を壊しました。
今考えると、最後に振りかけたパセリやパクチーが怪しかったのかも知れません。

夫は、なにを食べても問題なし。
少し大きな店では、まるで屠殺場のように巨大な肉のかたまり(皮を剥いたそのまま)がぶら下がっています。
好きな部分を切り取って、店先の炭火でジュージューと焼いてもらうのです。
人生で、この肉がもっともおいしかったと、夫は懐かしがります。

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休日は、少し遠出をして、ショウアンへ通いました。
このレストランは、村でもっとも清潔で、おいしかった(これで清潔)。

右には竃が並び、豆、野菜、肉、魚などが、別々の鍋でグツグツと煮えているのです。
香辛料だけで、ほとんど塩を使っていません。
言葉がわからないので、台所に入り「アレ・・・」「コレを少し」などと選び、皿に入れてもらうのです。
私は、リュックに自分の皿と、スプーンを持っていきました。
店のアルミのスプーンには、齧ったらしい歯形がついていたからです。

どれもこれも、本当においしい。肉も野菜も自然だったのだと思います。
ここでは一度も、お腹を壊しませんでした。

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そして、このパンも楽しみでした。
村にはパン焼き屋があり、近所の人が自分の家で捏ねたパン生地を持っていくと焼いてくれるのです。
燃料は、焚き木。贅沢この上ないです。
人も焼けそうな大きなドーム型の釜で、男たちが汗を滴らせて、次々とパンを焼き上げていきます。
辺り一面に、パンを焼く香ばしい香りが漂います。通りかかる人は、誰もが仕合せそうな顔をしています。
そんな中、頭の籠に捏ねたパン生地を乗せて、子供たちがお使いにきます。
焼き上がるまで、子供たちは路地で遊んで待っているのです。
村の人のほとんどが、この平たいパンを食べていました。
フランスパンも、パリよりおいしかった気がします。

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この子は、山の中でとってきた焚き木をパン屋に売りにきました。
小銭を少し、焼きたてのパンをもらって、うれしそうでした。
連れているのは、ペット ? のヤギ・・・山に行く時も連れて行くそうです。
ミルクをとったり、大きくなったら、食べたりもするらしいです。
焚き木とりが忙しく、学校にいっていません。
目がキラキラと輝いて、見つめられるとまぶしいくらいでした。

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レストランで食事が終わると・・・「デザートにハッシッシどう ? 」と、聞かれます。
私たちは、いつも果物にしました。

当時、ショウアンはハッシッシの名産地 ? で、町中にその香りが漂っていました。
ここにやってくる外国人のほとんどの目的がそれだったようです。
そのせいか、町中の人が朦朧としており、しつこい物売りも、押し売りするような店もありませんでした。
なにもかもが、スローモーションのようにゆっくりと・・・夢のような村でした。
貧しいには違いないけれど、人々のほとんどが幸せな表情で・・・そんな時代でした。

現在では観光化が著しく、よからぬ土産物屋も泥棒も増えたようです。
村の人ではなく、都市部から入ってきた人々がいるのです。









# by aomeumi2 | 2019-02-21 10:54 | スペイン・モロッコ | Comments(0)



北アフリカ、セウタです。
ここに来るまで、北アフリカとか、モロッコなどという地名は、私の中に全くありませんでした。
スペインのアンダルシアの向こう側に、アフリカがある・・・ということも全く考えたこともなかったのです。
夫の仕事場が、カナダからスペインに移ったときにも、ただ浮かれていましたが、連れて行かれたのが、アフリカ・・・。
災難としかいいようのない出来事でした。

セウタは、ご覧のように小さな町でした。
しかし、街中のレストランやブティックは、スペインの田舎町よりは、ずっと洗練された店が多く、驚きました。
下の方が、モロッコに繋がる、貧しい地域で、モロッコ人が多く住んでいました。
私たちは、好んでそうした地域に住みました。

このポスターは、トイレに飾ってあり、写真を撮るのが難しかった。

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あはは・・・ひどい地図ですが・・・自分がどの位置に住んでいたのか確認するため、描いてみました。
ポルトガルの下の方の赤い印、オリャオが私たちが20年を過ごした漁師町です。
ここから見える海が、長いこと地中海だと思い込んでいました。

スペインとアフリカの間が、ジブラルタル海峡です。
マグロは、大西洋からこのジブラルタル海峡を通り、産卵のために地中海に入り、再び大西洋に戻るのです。
アフリカ側のセウタはスペイン領です。

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モロッコにも漁場が出来たときには、モロッコ側のムディックという村に住んでいました。
セウタからは、国境を越えるのですが、村はたったの15分ほどの距離なのに、ワイロを渡さないと、一時間や二時間通してもらえません。
車の中に酒や金目のものを乗せていると、みな取上げられてしまいます。
窓口の男たちは、擦り切れた制服を着て 「もうすぐ子供が生まれるんだ・・・少し出せよ」などというのです。
こちらも負けずにボロボロの服を着て・・・少し離れたところに立っている私のところに夫がやって来ます。
私が首を横に振ると、夫は窓口に戻り「うちのカアちゃんがダメだって言ってる」と、伝えます。
繰り返すうちに、日本人のかかあ天下が窓口全部に広がり「お前も大変だな・・・」と、同情され、スムースに通れるようになりました。

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ムディックには、カフェ以外に店はなく、みすぼらしい朝市があるだけでした。
しなびた野菜と、腐りかけた魚や肉があるだけです。
こんなお菓子はありました。
黒いのは蜂です。

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買い物は、少し先のテトアンまで行きます。出かける前に・・・
村はずれにガソリンスタンドがあり、ここでガソリンを入れるのが楽しみでした。
大きなゴムの木の下に車を止めると、アンちゃんが、ひょいとゴムの葉をちぎり、それを上戸のように使って油を注したりするのです。

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テトアンには、迷路のようなメディナがあり、こんな店もありました。
入れ歯屋です・・・噂には聞いていましたが・・・びっくりしました。
使い古した入れ歯・・・凄いね。

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何でも屋の店のショーウインドウには・・・猫が寝ている。
「猫も、売ってるの ? 」と、聞くと、親父は「いいよ、売るよ」

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よく通った骨董屋に行くと、親父が小僧を使いに出し、モロッコティーを運んでくれました。
ここにも蜂が群がり・・・なん匹かはお茶の中で溺れていました。

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# by aomeumi2 | 2019-02-18 15:13 | スペイン・モロッコ | Comments(28)


タイトルは、105才になった、篠田桃紅の言葉です。
すごいなぁ・・・105才まで生きると、こういうことが言えるのですね。
「ワタクシなんてものは関係ないのよ・・・そんなもの、ないのよ。過去なんてものも関係ない、あるのは今だけ・・・」
そして、この言葉が続きます。
「花が咲くように、風が吹くように、ワタクシというものはあるのよ、いまや・・・」

先日亡くなった、堀文子も、同じような言葉を残しています。
93才の、香舟先生は、今や、あの世とこの世を、時空を超えて自由に、行ったり来たりのご様子です。

そう考えると、友の死は早すぎたような気がして・・・油断をすると、心が折れそうになります。
こんなときに限って、写真の整理をすると、Paris時代のものばかりが出てくるのです。
もう、何年も見たことがない・・・若かった私たち。

まだ百歳を越えていないので、過去ばかり振り返っています。



まるでブローチのようなエッフェル塔。

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思い出の、モンパルナス、メンヌ通りのアパート。
当時のままで残っています。
その頃、エレベーターはなく、六階まで、息を切らして友に会いに行きました。
下のカフェの隣は小さなパン屋で、時々、お昼に呼んでくれました。
まだ何者でもなかった私たちを、パン屋一家は、芸術家の卵として、大事にしてくれました。

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毎週末は蚤の市へ行きました。
なにもない部屋に引っ越したとき、Y が 重たいマットレスを担いで、地下鉄で運んでくれました。

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三人で、路地をほっつき歩き・・・素敵な男や大人の女たちを眺めるのも楽しみでした。
ウインドゥショッピングで、上等なものをたくさん見ました。

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路地の奥に、おばあさんのやっている小さなアクセサリー屋があり、お金がある時は、Y が、二人にイヤリングなどを買ってくれました。
おばあさんはもういないけれど、この店は、まだあります。

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当時は、モンパルナにあった老舗のカフェ、ドゥ・マゴは、画家や作家のたまり場で、ここで一杯飲んでから、夜遊びに出かけました。

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朝方・・・遊び疲れて寄るのはこの店。ラ・クーポール。
熱々のオニオンスープ・・・かじかんだ手でスプーンを握りしめ、冷えた体を温めました。

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止めようもなく、過去が溢れ出します。
生きていてくれさえすれば、会えなくてもいいのです。
いなくなったと思うと、過去の記憶の中にその人を探しまわります。


もっとも辛いのは、Parisに今でも住んでいる Y ではないかと、気になっています。

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# by aomeumi2 | 2019-02-15 13:20 | 天然な暮らし方 | Comments(22)



買い物係の夫が、羊の肉を見つけてきました。
レモンやハーブでマリネして、塩こしょうで焼いただけ・・・付け合わせは庭の野菜と林檎。
難しい料理は、もうしない・・・簡単でもおいしいものはある。

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夜の献立に、夫には必ず刺し身がつきます。(おいしいのがないので、私はパス)
ちょっと遠くまで行くと、いい魚屋があり、これは太刀魚。
日本で食べた刺し身の中で、もっともおいしかった。パスしないで、夫に負けずに食べました。
半分は、翌日、ローズマリーでソテーしました。
日本の太刀魚は、繊細でおいしいです。

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安かったからと、たくさん買ってきた鰯。
塩焼きと、残ったものは生姜で煮ました。
焦がさないように、見張ってた・・・珍しく、上手に煮えた。

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庭の野菜は、ほんの少ししかとれませんが、サラダにする程度なら、賄えます。
茎ブロッコリー、水菜、ルッコラ、パクチー、イタリアンパセリ・・・

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林檎やキウイ、貰い物の苺を加えたり、アボガドだって一つあれば、充分に一品になります。
苺は300円台にならないと買わないというのが家訓。

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悩みの種は、オリーブオイル・・・一年で、これが二本なくなります。
ポルトガルから送ったものが、ついに底をつきました。
ポルトガルにいたときは、醤油がなくなりかけると、わなわな震えがくるような恐怖心がありました。
日本では、オリーブオイルで震えています。

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引っ越しで大散財・・・当分は節約に励まないと破産です。
上京しても、外食は日髙屋のタンメンだけ・・・伊豆では、ラーメン一杯食べない。
なにがなんでも、家のご飯・・・この執念が・・・なんだか、料理を上達させたような気がするのですが。
気のせいか・・・やっぱり。





# by aomeumi2 | 2019-02-13 16:40 | 天然な暮らし方 | Comments(14)


伊豆に戻る途中「キッシュがあるから取りに寄って・・・」と、ロックから電話がありました。
わぁ〜うれしい !
引っ越しと、寒さで疲れ果てていました。

サラダやクスクスもありました。

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左から・・・鶏のパテにズッキーニ、ほうれん草、ジャガイモ、チーズ・・・。
もっと沢山ありましたが、濃厚なのでこれだけで充分。
土台の生地がとてもおいしいのです。

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左がホテトのサラダ、日本のものとはちょっと違う・・・
上が、小粒のランティーユ(レンズ豆)と、インゲン、ニンジン、トウモロコシ、ゆで卵・・・後は何だろう、とにかくおいしい。
下は、もち麦のクスクス・・・これは一度作ってみようと思っていたものです。
気がついたのは・・・ほとんど塩を使っていないこと。素材の味が際立っていて、やっぱりね・・・さすがプロの味です。

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家で一番上等なワインを開けて・・・伸子の思いで話をしました。

帰りの電車の中で、今夜はなにを作ろうかと思いあぐねていましたから、ありがたかったです。
お抱えシェフのいる気分で、おいしく頂きました。
ありがとう、シェフ・ロック・・・また、頼むよ !







# by aomeumi2 | 2019-02-11 22:15 | 天然な暮らし方 | Comments(14)