カテゴリ:喜怒哀楽な人々( 25 )




画家であり、作家の、到津伸子さんが亡くなりました。
私の展覧会に来てくれたのが最後で、帰国してから、一度も会っていないのです。
不意をつかれました。

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その知らせは、東京を飛び越して、パリのYから来たのですが・・・
いつ、どこで、どうして亡くなったのかが皆目わからない。

それは、1日の夜のことで、彼女と親しかったのが誰だったのかもわかりません。
ようやく、何人かと連絡は取れたものの、誰も、なにも知らないのです。
 
断片的な情報だけが乱れ飛ぶ中、亡くなったのは、1月31日のことだとわかりました。
それは、私がブログに"薔薇の花籠" の刺繍を載せた日です。
50年近くも前の、パリの思い出の布でした。

私と伸子とYは、パリのモンパルナスで、貧しかったけれど輝いた日々を共に過ごしました。
当時の写真を懐かしく眺めていた日のことです。

伸子は、美しい女で、パリの街を歩いていると、男だけではなく、女たちまでもが振り向くほどきれいでした。
一緒にいる私までもが誇らしいような気になったものです。
やがて私は帰国し、伸子はそれから20年後に帰国、Yは、そのままパリに残りました。

帰国してからも、パルコやアルファキュービック、Bunkamuraなどで展覧会を開き、それはまぶしいような存在でした。
しかし、伸子は、日本の生活に慣れず、辛そうでした。
そのことは、今、私には痛いほどわかります。
そして、孤立したまま30年も経ってしまいました。
いや、孤立とは違う・・・人と距離を置き、彼女は、深く、自分との対話を選んだのでしょう。

そして、出来上がったのが、この本です。
この本は、講談社のエッセイ賞を受けました。

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いろんなことがわかったのは、新聞に訃報記事が載ったあとでした。
いや、相変わらず、わからないことだらけではあったのですが・・・それでいい・・・と思いました。
わかったことは、伸子が、もういない・・・ということだけです。

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七年もかけて書き上げたという小説が、近く刊行予定だそうです。
その本で、彼女と出会えることが、今の、せめてもの慰めとなっています。

ご冥福を、心よりお祈りします。








by aomeumi2 | 2019-02-06 23:34 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(8)



カナダから漁場が南スペインのリニアに移り、少しおくれて、私はマドリッド経由でマラガへ、そこからタクシーで六時間 ! ! !
アルへシラスのフェリー乗り場から北アフリカへ渡りました。
え・・・アフリカ !
私の頭には、アフリカという地図はありませんでした。
モロッコのベルベル人を見たのも始めてでした。
夫がスペインに赴任中、対岸の北アフリカ、セウタ(スペイン領)と、モロッコにも漁場が増え、そちらに移ったのです。

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その十年後の新しくなったフェリーです。
当時のフェリーは、ボロボロで、野良犬や野良猫が住み着いていました。
トイレに入ると、床は水浸し・・・ベルベル人の女たちが、ただの石鹸を使って、盛大に洗濯をしたり、
赤ん坊を洗ったり、髪の毛を洗ったり、水浴びをしていました。

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夫の車、フォルクスワーゲンのドアは壊れており、荒縄で結んでありました。
村に向かう街道には、アラブ語のコカコーラの看板が・・・どうしよう・・・こんなところに来て、日本に帰れるのだろうか ?

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小さな村の田舎の家には、街中からタクシーを使って女中が通って来ました。
噂では、その女中は、元売春婦で、ミッキーマウスのテーシャツでジーンズを履き、ルイビトンの財布を持っていました。
この村で、そんな恰好をしている女は、売春婦と女中と、私だけでした。

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女が外に出ることはなく、みんな、日がな一日、窓から顔をのぞかせているだけでした。
女たちの目の周りは青く染まっており、特殊な化粧かと思っていたら、男が殴った青タンであると、あとで知りました。
私も、ただただ、窓から外を眺める日々でした。

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時々、夫の仕事場に行きました。船も小さく、漁師たちは素人で、夫の髪は瞬く間に白くなりました。
集まっているのは、ほとんどが野次馬で、魚をもらいにきているのです。

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やがて、退屈を持て余し、私はひとりで市場に買い物に行くようになりました。
当時は、買い物も男たちの仕事で、女はひとりもいません。瞬く間に私の周りには人垣が出来ました。
東洋人の売春婦と思われたのでしょうか・・・四才くらいの小さな子供までもが、上から下まで舐めるように見るのです。
カフェにもひとりで行きました。
店の周りを囲むように、人が集まってきます。
お金を持っているらしいとわかると危険なので、よれよれのパジャマの上に、夫の擦り切れたセーターを着て近所を歩き回りました。
そのあとを、何人もの子供たち、犬たちがついてきます。
怖いとは思いませんでした・・・若かったのですね。










by aomeumi2 | 2019-01-26 13:49 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(18)




膨大な写真の整理をしています。

その中から、さまざまな物語が立ち上がってきます。

カナダの東側、ハリファックスの小さな村を、私たちはチロリン村と呼んでいました。
マグロの畜養事業は、ここで始まったのです。

この地で夫は、親友ゲーリーと出会いました。
二人とも、26才でした。

やがてゲーリーは村の娘、アナと結婚し、可愛い赤ちゃんが生まれました。
私も結婚し、チロリン村へ行きました。
ゲーリーが、翌春に私たちの結婚式を挙げてくれることになり、場所は、岬の先の小さな教会に決まりました。
しかし、私たちが帰国している間に、カナダの事業は閉鎖になり、スペインに漁場が移りました。

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やがて、ゲーリーが脳腫瘍になり、スペインに移った夫がチロリン村に会いに行きました。
その時の写真です。カイユは可愛い盛りでした。
二ヶ月後、ゲーリーはあっけなく亡くなりました。
数年後、アナは息子のカイユを連れて再婚したと聞きましたが、なんと、アナも同じ病気で亡くなりました。
それ以来、チロリン村の人も、カイユの消息を知りません。
時々思いだしては、どうぞ幸せになっていますように・・・と、祈っていました。
もう、45、6才にはなっているのでしょう。
もし、彼の行方がわかったら、すぐに飛んでいき、抱きしめてやりたいと思います。






チロリン村には、なにもありませんでした。
住んでいたのは、この、シー・ブリーズ(海のそよ風 ?) というホテルでした。
村には、この、ホテル兼、レストラン兼、バーしかありません。
週末になると、生のウエスタンバンドが入り、村の老若男女が集まりました。
最後には、必ず殴り合いの喧嘩が始まりました。

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すぐ裏に住む、メンディーが毎日遊びにきてくれ、そのうち、家に帰らなくなりました。
彼は、やさしいお兄さんという感じで、私を振り返りながら先に進み、いろんなところに連れて行ってくれました。

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お姉さんという感じのジョシーも、どこからともなく、毎日来てくれました。
三人 ? で、よく海に行きました。
目の前を、夫の乗る船が通り、私たちに気がつくと汽笛を鳴らします。
メンディーもジョシーも興奮して、吠えたり、砂を蹴散らかしたり・・・喜びました。

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家でパーティーを開くことになり、ゲーリーに食べ物の好みを聞くと「生のニンジン・・・」と答えます。
他には ? と、聞くと、茹でたジャガイモ・・・他の人に聞いても、同じような答えでした。
餃子や肉じゃが、いろいろな料理を並べましたが、ほとんど手つかず・・・ニンジンとジャガイモが、瞬く間になくなりました。
焼き肉のタレで焼いた肉は、唯一、口にあったようです。

しばし、カナダの田舎町を、懐かしく思いだしています。








by aomeumi2 | 2019-01-24 11:49 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(12)




一年の大半をヨットで過ごす・・・という生活をするイザベルを捕まえるのは至難の業です。
ネットも電話も繋がりません。
ヨットで暮らす人の消息は、船の名前がわかれば、どの港に停泊しているかがわかるらしいのですが、慣れない私たちには無理でした。
クリスマスには、家族と過ごすためにフランスのリールに戻っているはずに違いなく・・・。

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携帯に電話をしたら・・・2日前にリールからブルターニュに戻ったということでした。
無事発見 !
元気そう・・・というより、幸せそうです。よかった、よかった・・・。

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予想通り、クリスマスと新年はリールで過ごしたそうで、南仏に移り住んだ息子夫婦と孫たちにも会えたそうです。
これは、数年前の写真です。

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子供達は大きくなって、上のお姉ちゃんレアは「多分、ミツコの背丈は越えたと思う・・・」とのことでした。

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赤ちゃんだったセザールは、素敵な少年になったようで、お兄ちゃんのエンゾ以上に活発で、おしゃべりのようです。

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私のお気に入りのエンゾは、相変わらず和太鼓が好きで、そこいら中を叩いているらしい。
しつけが大変厳しく・・・パパに「コーナー !」と、いわれたら一巻の終わり。
部屋の隅で、いいと言われるまで立っていなくてはいけません。
エンゾは、すぐにすすり泣き始めます。これを聞いているのが辛くて・・・お姉ちゃんのレアは決して泣きません。

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リールの両親も元気なようですが「あなたの好きな、モイーズ(父親)は、ヨボヨボよ・・・ははは」
80才を過ぎたお母さんは、とても元気で、相変わらず集まった家族のために料理を作っていたそうです。
パソコンを失くしたそうで、私の送ったメールは読んでいないようでした。
今度は、いつどこで会おうか・・・相談しているところです。







by aomeumi2 | 2019-01-17 09:41 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(14)



あの日、1月7日は、モロッコにいました。

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日付から察すると、正月休みだったのかも知れません。
山あいの、小さな村、ショウアンにいました。

どういう経緯からか、夫は理髪店で髭をあたってもらっていました。
女は店には入れません。
とても寒い日で、足踏みをしながら、店の前を行ったり来たりして待っていました。
いつものことですが、子供達が集まってきました。
物珍しさと、小銭やキャンディーをねだるのです。
と、店から親父がカミソリを振り回しながら、飛び出してきました。
「おい、ニホンにクーデターが起きたぞ !」
え・・・? ? ?
店の奥から、夫の声が・・・「ラジオで、ニホンに革命が起きたって・・・アラブ語だから、よくわからない」
「早く、新聞買って来い・・・お前たちは、モロッコから出られるかどうかわからないぞ !」親父が、カミソリを振り回します。
恐ろしさで、足がガクガク震えました。

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子供達に案内されて、近くのキオスクに走って行きました。
そこには・・・
たくさんの新聞には、全て現在の天皇皇后の写真が・・・お二人とも、空を見上げ、明るい表情です。
え・・・? ? ?
英語の新聞はなく、アラブ語と、フランス語のものだけです。
見出しには、大きく " EISEI " と、あります。
このとき始めて、あぁ・・・天皇陛下が崩御されたに違いない・・・と、思いあたりました。
しかし、どの新聞にも、昭和天皇のお写真はありませんでした。

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慌てて、北アフリカのスペイン領、セウタに戻り、" EISEI " は、新年号の " 平成 " Heisei であるとテレビで知りました。
フランス語では H を発音しないのです。

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平成の時代が終わります。

そのほとんどを、私たちは北アフリカのスペイン領セウタ、モロッコ、そして南ポルトガルで過ごしたのでした。
その間に、湾岸戦争もあり、セウタのモロッコ人街に住んでいた私たちを、近所のカフェの親父が、
「なにがあっても、お前たちだけは、オレが守ってやる」と、言ってくれましたが、近隣の人々の目つきが変わりました。
モロッコ人街の家を出て、街中のスペイン人街に、慌てて移ったものの、泥棒に入られ、身ぐるみはがされたのでした。

当時の夫の髪は、真っ黒でふさふさ・・・なにごともなく、よく帰ってこられたものです。





by aomeumi2 | 2019-01-08 13:08 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(16)



東京新聞の政治漫画(佐藤正明)の大ファンです。

初笑い・・・これは本当に笑いました・・・。
どうも・・・感心しない人ばかり。
今年も、この顔をみないといけないの?
メルケルさんは・・・好きでした。

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笑っている場合ではないけれど・・・笑ってしまいました。










by aomeumi2 | 2019-01-05 23:06 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(24)



正月の2日目、前衛舞踏家の中嶋夏さんが来てくれました。
家に来るのは、25年振りです。
酔って、二階の寝室に上がれず、お尻を押した、記憶があります。
部屋が暖房で暖かいので、来る直前に花と、サラダの材料を庭から摘みました。
楽しい仕事です。

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花の少ない季節ですが・・・すみれだけは健気に咲いています。
咲いてはいけないのに、いうことを聞かない薔薇も役に立ちました。
アザミは、夏から咲き続けています。

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午後に着いたので、まずは、おいしいお茶を差し上げて・・・お持たせのお菓子を頂き、すぐにおしゃべりが始まり・・・
気に入ったお茶がないので、自分でブレンドしたものです。
御殿場の若い人が作ったものと、香川の渋めのもの、宮崎のお茶を混ぜたものです。

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長い夜になりそうなので・・・まずは、明るいうちからゆっくりと柚子湯に入ってもらい、
テーブルの準備をしました。
お節は食べていないはずなので、小さなお重に詰め直し、雰囲気を味わってもらおうと・・・鯛の尾頭付き。

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足りないので、なますと、椎茸と筍、油揚げの煮物、数の子を作っておきました。
数の子は、醤油とみりんの甘めのタレに、広島菜に入っていた昆布を入れて漬けておきました。これが美味だった。
ローストビーフは、始めて作りました。
まぁまぁの出来でしたが、ソースは失敗しました。
味が濃かったので、たまねぎとマリネにもしました。
自家製のもろみが、日がたつにつれおいしくなってきています。

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夫は、ご近所の仲良しのお宅に飲みに行きました。
お節と、焼酎を持たせました。
ひとりものなので、お節を食べていないのです。
きんとんは、夫が始めて作りました。とても上手にできました(私のよりおいしい)

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今年は、薪ストーブで炊いた黒豆がふっくらと出来ました。
専用の錆びた鍵を入れたのですが、色は黒く仕上がりませんでした。

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さて、女たち・・・ビールで乾杯、ワインはお互いに1杯づつと言ったのに・・・女二人、気兼ねなくの時間が過ぎ。
なにしろ、話は50年も遡るわけですから、気がついたら一本空けていました。
知と体力のいる舞踏という世界に挑み続ける健気さに心を打たれつつ、私もささやかながら、がんばろうと思いました。

いやぁ〜、よくしゃべった・・・遅めの朝食を食べながら、きりりとした空気の山の散歩を楽しみながら、また、おしゃべり。
お昼を食べて・・・まだ、話は尽きない・・・夏ちゃんがいつまでも踊れますように、と、祈りつつ、駅まで送りました。








by aomeumi2 | 2019-01-03 21:09 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(24)



クリスマスの定番です。
付け合わせは小ジャガと芽キャベツ、プチトマト・・・皮がこんがり、いい香りがしました。

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シェフは、ヤコマリカルドのリカルド・・・料理が上手なのです。

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散々食べて、もうお腹いっぱいなのに、みんなが、おぉーーーと歓声を上げて、パチリ。
瞬く間に、二羽の鶏が骨だけになりました。

それもそのはず、総勢、20数名、若い人と子供が多いのです。
料理はそれぞれが一品持ち寄り、プレゼントの交換のイベントがありました。

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子供たちは、UNOをやったり・・・

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ピアノを弾いたり・・・どれが誰の子かわからない。

みな、夏には伊豆高原の別荘に集まるので、子供同士も仲がいいのです。
幼なじみということですね。

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最年少は、泣いたり・・・

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ママの胸にもぐり込んだり・・・今のお母さんは、きれいですねぇ。

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ちょっと、年上の子は、大人とサシで話し込んだり・・・。
この子は、この日、始めてワインのコルクの抜き方を覚えて、鼻高々。
ボトルを開けるたびに、大人のテーブルに飛んできました。
両脇の二人は、役者さんだそうです。

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お父さん組も、まだ若いです。
昔の若い役者は、みすぼらしかったものだけれど・・・今どきは、違うのね。

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最高齢84才のキヨ子さんは、長くフランスにいたのでバグは必須。
まだ仕事をしているそうで、日本とバリを行き来しています。

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いつの間にか世代交代・・・限りなく、80代に突入中のメンバーが、すっかり減りました。
全員が、まだ現役で働いているというのが、すごい。
働いていないのは、年下の私たち夫婦だけです。

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先日、仲間のトクが亡くなり、落ち込んでいたらしいリカルドですが、一言もトクの話も、昔話もしませんでした。
これがまた、悲しみの深さを意味していました。

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子供たちが帰り、静かになったところで、ジャズピアニストの北條さんが到着。
コンサート帰りです。
深夜になって、大人の時間が戻ってきました。

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ここのパーティーに参加するのは、十数年ぶり・・・かつては、元気な年寄りのハチャメチャなものでしたが、
世代交代・・・今の若い人は、家族で楽しく、穏やかなクリスマスを送るらしいのね。
心身ともに暖かで、穏やかなクリスマスでした。









by aomeumi2 | 2018-12-24 12:27 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(8)





仲良しだった人・・・トクの、お別れに行ってきました。
80才・・・なんだか早い気がします。
引退して時間が経っているのに、通夜には200人もの人が来ました。
彼の人柄が現れています。

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奥さんのリエちゃんの意向で、家で看取りました。
幸せな男でした。

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お顔は、なんとも無邪気なもので・・・ひょいと起き上がり「驚いた ? 」・・・なんて言いそうでした。
みんなに愛されて・・・故郷の今治からも、小学校からの同級生という方も見えていました。

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お通夜が済んでも、誰も帰らない・・・寂しいだろうからとみんなで飲みました。

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仲間の男たちがみな先に逝き、残されたリカルド(白シャツ)が、とても寂しそうです。
みんなで大切にしようと、女たちは誓いました。

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翌日の葬儀にも、たくさんの人が会葬しました。
親しかった能楽師の方が、鼓を打ちました。
そのあと現れたお坊さまが・・・世にもきれいな方で・・・ちょっとびっくり。
ちゃんとしたお坊さまもいらっしゃるのだと、ありがたい気持がしました。

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いいお葬式・・・というものがあるのですね。
寂しいけれど、素直に見送ることが出来た気がします。









by aomeumi2 | 2018-12-04 16:06 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(14)



ブルターニュから手紙が届きました。
地中海に行ったきり、行方不明となっていたフランス人、イザベルが、ブルターニュに帰って来たようです。

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夏の始めにヨットでブルターニュを出て、地中海のなかを点々としていたようです。
恋人と二人とはいえ・・・出来ないなぁ、私には・・・。

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半年ぶり・・・ブルターニュの家からの眺めは変わらないことでしょう。

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しかし、孫たちの一家は、転勤で南仏に行ってしまいました。
さぞかし、寂しいことでしょう。

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クリスマスには、リールの両親の家に家族が集まるので、会えるのでしよう。
両親の子供や孫たち、ひ孫を会わせると、相当な人数になるようです。

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サンタもやってきて、子供たちは、一人一人、抱いてもらえます。
みな大きくなったのだろうな・・・私は、4センチも縮みました。

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冒険する女、イザベルが無事に戻ったようで、ホッとしました。
来年は、きっと会えますように・・・。








by aomeumi2 | 2018-11-27 20:22 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(10)