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カテゴリ:喜怒哀楽な人々( 34 )

ジュスチーヌ祭り ?


とっても素敵でした、ジュスチーヌ。

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ジュスチーヌとエドウィンの展覧会のオープニングがありました。

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たくさんの人がやって来ました。
これは序の口・・・この後、満員電車状態。
テラスに押し出されました。

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同じく、オランダ人のカリンと・・・。

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素敵なドレスねぇ・・・と、褒めると・・・
「ミツコ、忘れたの ? あなたがくれたドレスよ・・・」
そうであった、お気に入りではあったけれど、白いニットと合わせて・・・こんなふうには着こなせませんでした。

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作品の写真は、改めてご紹介します。


by aomeumi2 | 2019-06-09 08:32 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(15)



アムステルダムから、ジュスチーヌが帰ってきました。
少女のようです。
抱き合ったら・・・ミツコ、こんなに小さかったの ? ・・・と、驚きました。
はい、縮んだわけではありません。
でかい女だったということを、私も忘れていました。

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写真を撮り忘れていました。とてもきれいだったのですが・・・。
鯛を湯引きして薄造りに・・・伊豆の山椒の実を持っていったので、みじん切りしてオリーブオイルと塩とレモンでソースを作りました。
醤油とワサビを使ってもいいよ、といいましたが、とても気に入ったようでそのままで食べました。
魚の味がわかる人たちです。

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エドウィンが、手早くサラダを作りました。
アボガドがメインのマスタードソースの入ったドレッシングです。

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写真がよく撮れていないのですが・・・とても素敵です。
この続きはまた・・・。

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by aomeumi2 | 2019-06-08 00:16 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(8)



ヨット暮らしで行方のつかめなかったイザベルから電話がありました。
ブルターニュの家に恋人のセルジュと戻っているとのこと・・・

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モイーズ(父・中央)の誕生日には家族がリールに集まったようです。
みんな元気そうです。

イザベルの長男マキシム(右から二番目)家族は転勤で南仏にいます。
とても素敵で、話しかけられると、おばあさんは上がってしまう。
右の次男ベンジャミンはブルターニュに移り、よい仕事が見つかったようです。
この前会った彼女とは別れ、新しい人が見つかったようです。
左のオチビは・・・

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こんなに小さかったセザールです。
バカでかい犬、イージーは親戚に預けられているようです。

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お兄ちゃんのエンゾ同様、柔道をやっているらしい。ハンサムね。

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イザベルの両親も元気そうです。

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問題は・・・イザベルの恋人、セルジュです。
病気になって、今年いっぱいはヨットに乗ることは出来ないそうです。
治療のためにブルターニュの家に戻ったようで・・・短いメールで、詳しいことはわかりません。
イザベルは、セルジュの看病をしながら、毎日、庭仕事をしているようです。
会いたいのだけれど・・・お互いに。
セルジュとは電話で話しただけで、会ってはいません。

彼女が漁師町に来るか、私たちがブルターニュに行くか・・・思案中です。
人生は、簡単にはいかないものね。






by aomeumi2 | 2019-05-12 09:19 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(8)


毎年恒例・・・一碧湖の別荘です。
新緑がまぶしく・・・森の中にいるようです。

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いつものように花を摘んで行きました。

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苔むした庭を散歩して・・・

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ベランダでの宴は、雨のせいで急遽、家の中で・・・刺し身や筍や蕗の煮物、その他、いろいろ、いろいろ・・・


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フランシス・コッポラ ジンファンデル・・・上等らしい。

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サンテグジュベリ、マルゴ・・・相当らしい。
メモして後で調べようと思っています。
もちろん、おいしかった。

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十数年前は、この宴に30人もの人が集い、一晩で80本のワインが開いたことがあったそうです。
それらのボトルはこの山椒の木の根本に積み上げられて、なかなか良い景色でした。
今は少しづつ片付けているそうです。
少しづつ瓶から溢れたワインを飲み、山椒の木は長いこと葉をつけなかったそうですが・・・
年々、ワインの量が減り、酔っぱらいの山椒は酔いから冷めたらしく・・・去年から葉がつき始めたそうです。


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年々、大人の宴から、男たちの姿が消えて行きます。
今や三人・・・女が七人、合計で10人でした。

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いつものように、朝から温泉に入り・・・

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女たちは、すでに台所にいました。

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男たちはテーブルを作り・・・

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遅めの朝食に、リカルドがシャンパンを開けました。
これは名前を聞き忘れた。

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昨晩から何度目の乾杯でしようか・・・その度に「元気でいようね・・・」が合い言葉です。

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鯵の干物や、桜えび、シラス、大根おろし、ヤマトイモ、筍とワカメ、たらこにひじきに漬け物、わさび漬け・・・などなど
こんなおかずに、シャブリとかいう白ワイン。

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おしゃべりは、いつまでも続いて・・・私たちは用事があって帰りましたが、この後はゴルフ組、麻雀組、草むしり組と、
それぞれが最後の休暇を楽しんだようです。

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連休が始まってから、入れ替わり立ち替わり人がきて、前日まで子供を含めて17人もいたそうです。
いまだに現役で働く80代が三人もいます。その他の80代も、なにかと忙しい。
もっとも暇なのが、私たちでした。





by aomeumi2 | 2019-05-06 23:32 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(20)


ポルトガルの高級エリアから高級な日本人がやって来た。
その地域で、Etsuko・・・といえば泣く子も黙る・・・という危険な女友達。
貧乏な漁師町の土曜日の朝イチで弾丸のように、日本語でおしゃべりするのが楽しみでした。

「ポルトガル物語」にも登場する仲良しのエッちゃんが、帰国していて夫婦で遊びにきてくれました。
虎屋の羊羹と、お土産どっさり・・・この牡丹を持ってきてくれました。

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明るいうちからヴィーニョ・ベルデ(微発泡の白)で始めました。
今日のご馳走は、庭の草だよ・・・と、伝えてありました。
まずは、庭の草でサラダ・・・一緒に摘んだ、コゴミと明日葉の天ぷら。

飲む、食べる、しゃべる、しゃべる・・・
本人は気がついていないのでしょうが、エッちゃんは、とてもきれいな日本語を話します。

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夫と道彦が少し遠くまで、魚を仕入れにいきました。
トビウオ、太刀魚、ブリ・・・いいのがありました。
ポルトガルでは食べられないものです。

多分、人生の半分を外国で過ごし、当時は商社マン夫人だったので、猫を被っていたままの日本語を使っているせいでしょうか。
あぁ、この言葉は、いまでは誰も使わないな・・・というような、ハッとするくらいうつくしい日本語なのです。

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これが食べさせたかったのです。
カワハギ・・・肝で食べました。
死ぬ前に食べられてうれしい・・・と喜びました。

一方で、毒舌もまた達人で、この人の右に出る人はいません。実に小気味よい。

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あとは、アスパラガスの豚肉巻き、庭の蕗で蕗味噌、自家製ちりめん山椒、蕗と油揚げの炊いたもの・・・などなど、庭の草。
山椒と油揚げのご飯少々・・・私同様、お揚げ好き。
エツコを黙らせるには、油揚げです。

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デザートは、黒豆寒天と苺・・・土産のポルトガルの赤ワインと、最後は全員が日本酒。
ポルトガルの黒豆は、日本のものとちょっと違います。

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あぁ、よくしゃべりました。
二人とも旅好きなので、イタリアの田舎とか、新年に行ったというマラガの素敵な初日の出とか
たくさんの写真を見せてもらいました。
高級エリアの人々も、みな年をとり事件も減ったようです。
病気になった人もいるし、死んだ人もいる。
怒る理由がなくなったことに怒っているようです。
私たちの住んでいたボヘミアン村に出かけることもなくなったそうです。
翌日は、朝風呂に入ってもらい、散歩して・・・おしゃべりして・・・名残惜しく別れました。
あぁ、楽しかった。








by aomeumi2 | 2019-04-21 23:01 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(8)


正直いって、誰も期待していなかったのですが・・・思いがけず素晴らしいショーで、全く退屈しませんでした。
新宿のアイララは、若いころによく通った伝説の店、ナジャの支店のようなものでした。
現在は、ベリーダンスのショーや小さなコンサートをやっているそうです。

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50周年記念の本です。
http://diary.onna-boo.com/?eid=726

'60年代、'70年代・・・目次に連なる当時の常連客の顔ぶれに、いまさらですが驚かされます。
タモリや赤塚不二夫、篠山紀信、渋沢龍彦、田辺茂一、唐十郎、四ツ谷シモン、九條今日子さんなどなど・・・
ホブ・マーリーも、ここでコンサートをやったそうです。

ここに出入りしていたのは、まさに "昭和のあのころの人々" です。
読んでみたいと思います。


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モロッコのナイトクラブで、なんどか見たベリーダンスとは違って、洗練されており、上品でした。
少し前に亡くなった金子國義の絵になぞらえた衣装の踊り子たちが登場、全員が相当な達人で、これにも驚きました。
こんな世界があるのですねぇ・・・最初と最後に可愛らしい二人の女の子がアコーデオンを弾き、
合間の若いマジシャンが、また素晴らしく堪能しました。

天井桟敷で一緒だったカルメンマキがコンサートを開いているというので、また、来ようということになりました。

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一緒に行ったのは、ナジャ、アイララの卒業生 ? ヤコマリカルドのリカルドとマリさん・・・撮影禁止でしたから、隠し撮り失敗。

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手前が誘ってくれたマサコさん・・・ヤコマリカルドの素敵なワインレッドのドレスを撮りたかったのに・・・これも失敗。
向こう側は、知る人ぞ知る ? 元野獣会のお岩さん・・・50年ぶりで会いました。

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さて、夜の十時過ぎ・・・なにか食べたいと思っても、誰もが遥か昔に新宿を卒業したため、お上りさん状態。
すぐ目の前のタイ料理屋に飛び込みました。
タイ人夫婦の店は、お客もほとんどがタイ人。
みんな、冬の休暇は30年近くタイに通っているので、タイ語で注文・・・店主は大喜びでサービスしてくれました。
あんまりお腹がすいていたので、写真は忘れました。


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ナジャ、アイララ時代の友達は、消息のわからない人が多く、私も日本を離れていたので会うチャンスがありません。
ここにくれば、誰かに会えるだろうと期待があったのですが・・・会えたのはお岩さんだけでした。
男たちは、ほとんど死んでしまったのです。
なるほどねぇ・・・出入りしていた中で、私が一番の年下でしたから、みな80近く、あるいはそれを過ぎた年齢なのです。

そうか・・・みんないないのか・・・昭和は遠くなりにけり。
楽しかったけれど、どこか寂しい同窓会でした。







by aomeumi2 | 2019-04-02 09:57 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(9)


根津のお気に入り、和幸に久しぶりに行きました。
オランダ人の画家のカップル、エドウィンとジュスチーヌを最後に連れていった店です。
酒場ではなく、定食屋さん・・・一杯飲むことも出来ます。

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あの日、ジュスチーヌは、一番高い天ぷら定食、この他に、野菜の煮物など、小鉢が三つほどついてきます。
これ以外に、1000円を超えるものは、ほとんどありません。

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不動産屋さんには聞いていましたが・・・田端には一杯飲めておいしくて、安くて・・・という店はなさそうです。
そもそも、店が少ない・・・どの店もほとんど人が入っていないのです。
調査に行ったのは、小料理屋二軒、定食屋二軒、中華と蕎麦屋、レストラン・・・ほとんど全滅。
すぐそばのコープが一番おいしいという結論が出ました。

どうしてこうも男のお腹は空くのでしょうか・・・遅めの昼を銀座で食べたばかりなのに、もう夕食を気にしているのです。
根津に途中下車して、和幸に行きました。

夫は、ロースカツ定食。
少しもらったら、肉が薄めの私好みでした。

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納豆の小鉢。

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切り昆布の煮物。

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厚焼き卵を・・・薄く切ったもの。(とても薄くなった)
この他にも、きんぴらごぼう、漬け物、ご飯とみそ汁がつきます。
驚きの980円。
男三人組でやっていましたが、厨房の年かさのおじさんがいなくなって、手伝いのおばさんがいました。
亡くなったのでしょうか・・・値段は変わらず、メニューが微妙に変わっていました。

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私は、子供の頃の大好物、秋刀魚の開き。
これがこのごろ見かけません。
あったとしても、外国で作っているらしい、脂ののっていない干しすぎのものばかりです。
ここのは、昔通りの味です。

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目玉焼き・・・二人分ということかしら。
程よい半熟でした。

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小松菜のおひたし。

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茄子焼き・・・このほか、同じくきんぴらと漬け物。

ご飯とみそ汁は後にしてもらい、コップになみなみと注がれた冷や酒で一杯、いや二杯づつ飲みました。

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夫がお豆腐を頼んだら、一丁 ? 出てきた。

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食べ過ぎてしまったので、田端まで歩きました。
路地を抜け、迷うのを楽しみながら・・・緑が多く、気持のよい夜でした。
当分は、どうやら、ここに通うしかないようです。










by aomeumi2 | 2019-03-31 10:04 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(14)





ものすごい人でした・・・雷門です。
日本人を捜すのが困難なほど・・・言いつけ通り、提灯の真下で待っていると・・・
ものすごいカメラのフラッシュを浴び、多分、世界中に私の写真が広まったことでしょう。

布団柄のような着物を着たこの人たちには・・・どいてくれ、と言われてしまった。
この国の人たちには、提灯の底の龍に人気があり、それを下から自分たちも入り込んで写真を撮るらしい。
シャッターを押すときに、さりげなく私も映り込んで差し上げました。
巨体で阻止され・・・なんども撮り直していました。
両国の軋轢はここにも・・・やめとこう。

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きれいなオネエさんは、こちらです。
お昼でも食べて、東京散歩でもしようということになり・・・
この二人は、子供の幼稚園のママ友・・・少し年下です。
子供のいない私は、なぜか仲間に入れてもらっています。
その子供がやがて40になろうというのですから・・・二人とも若いです。とてもきれい・・・。

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曇り空の中、桜が咲いていましたが・・・五分咲き ?
ちょっと早かったかな。
ここも、ほとんど外国人。
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きれいなオネエさん、アッちゃんとは久しぶり・・・人妻だけれど・・・いまだにモテているようです。
キッパリと、断って、男たちを傷つけているようで、危険な女です。
朝の十時には、掃除も洗濯も、全ての家事は終わっており・・・という主婦の鏡。いつもうらやましく思っていました。
午後は、出かける・・・ひとりで好きなことをする。これがなかなか出来ないことで・・・。
この日の東京散歩は、つい二三日前にも来たそうです。

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人ごみを避けて裏通りに入ると・・・「木馬館」
話には聞いていたけれど・・・大衆演劇や歌謡ショウ、踊りなどもやっているようです。
今度は、ここにも来てみようということになりました。

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天ぷらの老舗らしい「東南屋」・・・小さい方で、この感じ。
ギョッとしましたが、実際はご飯も少なく、新鮮で大きな海老が二つもありました。
お給仕が、このあたり独特の雰囲気のイナセなおじさんで・・・素敵でした。

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ちょうど船がでるところで、川下りでもしようということになりました。
川沿いの桜は三分咲きくらいでした。
東京に住んでいても、知らない景色は沢山あります。

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不思議な光景です。
それぞれが、思うことがあるのでしょう・・・黙って景色を眺め、水の上を走る心地よさに身をゆだねました。
それぞれ、いろんなことがあったのよねぇ・・・。

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こんなところに住んでいる人がいるのですね。
日の出桟橋で降りて、ゆりかもめで新橋へ、宮越屋珈琲で、ゆっくりとおしゃべりして・・・。
銀ブラを楽しみ、四丁目の交差点で別れました。
いろんな意味で・・・胃もたれのしない、よい東京散歩でした。












by aomeumi2 | 2019-03-29 10:09 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(14)

男たちと、麻婆茄子


夫のリクエストで作った麻婆茄子・・・初めて作りました。
よそ様のブログでおいしそうだなと、いつも思っていました。
うちは、思うことあって、ひき肉は使いません。
しゃぶしゃぶ用の肉を包丁で細かく切ります。
茄子を揚げ過ぎてしまいましたが、なかなかおいしく出来ました。
こんなものなら、いつでも作ってあげます。

「イタァ〜タタタタ・・・」
夫が肩が痛いと大きな悲鳴を上げています。
力任せに薪割りをしたことと、そのあと、裸でいたので冷えたのです。
言わんこっちゃない・・・ネロ族は痛みに弱いです。
本当に痛ければ、声などでないのです。

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「はい、はい・・・痛いのね」と、生返事をしながら・・・こんなものを検索して眺めています。
近頃のお気に入り・・・ルノーのジャン・ドミニク・ヌナールです。
テレビで、羽田に降り立った姿に一目惚れ・・・素敵なんです。
多分、カシミヤの、上等なコートにグレーのカシミヤのマフラー・・・身のこなしも実にスマートでした。
とはいえ、これは本来の私の趣味ではありません。
母です・・・母の好みの男です。
お彼岸で、母が乗り移ったのかも知れません。
着物を着せたら似合う・・・外人であっても、これが母の好みの基本です。
確かに、ヌナールさまは、着物がお似合いかも・・・。

こうしている間も、二階から「イタァ〜タタタタ・・・」という絶叫が聞こえてきます。

ヌナールさまは、貴族の生まれとか・・・なるほどねぇ。
夏は南仏の別荘で優雅に過ごしておられるのでしょうね。
冬はスキーでしょうか・・・暖炉の脇で、犬を撫ぜながらグラスを傾け、本など読むのでしょうか。

「イタァ〜タタタタ・・・」
はい、はい・・・。

この方は、痛いときに、なんとおっしゃるのでしようか ?

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一方、この方は、痛いときにどうなさるのでしょうか。
ヌナールさまとは違って、このところのご苦労が伺えるお顔です。
東大を出られて、トントン拍子の出世をなさったようですが・・・お忙しい人生だったのでしょうね。
お二人とも、65才・・・責任の重い仕事をしている男たちは、大変ですね。

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この四人の男たち・・・それぞれに妻子があり、人生がある・・・当たり前だけれど。
年をとると、会見の内容などそっちのけで、なにを食べてきたのだろう・・・とか、痛い時は、なんというのだろう・・・とか。
彼らの少年時代のこととか・・・そんなことばかり考えてしまいます。
人間は、いじらしいものね。

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我が家の痛い人は・・・食欲はないけれど、酒だけは飲みます。
はい、はい・・・カワハギの刺し身は、肝で食べて・・・出来合いの〆鯖は〆すぎでおいしくありませんでした。

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痛い人を置いて、上京します。

病院の検査結果を聞いて、デートして、墓参りに行って、仕事の打ち合わせもある。
新宿の行きつけだった飲み屋、アイララの50周年のパーティーがあり、恵比寿の最終的な片付けもあります。
余裕を持って、十日間の予定で、珍しく忙しい日々です。
痛い人は、少し遅れて上京する予定です。
二三日したら、ケロリと酒を飲んでいることでしょう。

帰る頃には、目の前の山桜が咲いていることでしょう。








by aomeumi2 | 2019-03-21 11:04 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(14)




画家であり、作家の、到津伸子さんが亡くなりました。
私の展覧会に来てくれたのが最後で、帰国してから、一度も会っていないのです。
不意をつかれました。

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その知らせは、東京を飛び越して、パリのYから来たのですが・・・
いつ、どこで、どうして亡くなったのかが皆目わからない。

それは、1日の夜のことで、彼女と親しかったのが誰だったのかもわかりません。
ようやく、何人かと連絡は取れたものの、誰も、なにも知らないのです。
 
断片的な情報だけが乱れ飛ぶ中、亡くなったのは、1月31日のことだとわかりました。
それは、私がブログに"薔薇の花籠" の刺繍を載せた日です。
50年近くも前の、パリの思い出の布でした。

私と伸子とYは、パリのモンパルナスで、貧しかったけれど輝いた日々を共に過ごしました。
当時の写真を懐かしく眺めていた日のことです。

伸子は、美しい女で、パリの街を歩いていると、男だけではなく、女たちまでもが振り向くほどきれいでした。
一緒にいる私までもが誇らしいような気になったものです。
やがて私は帰国し、伸子はそれから20年後に帰国、Yは、そのままパリに残りました。

帰国してからも、パルコやアルファキュービック、Bunkamuraなどで展覧会を開き、それはまぶしいような存在でした。
しかし、伸子は、日本の生活に慣れず、辛そうでした。
そのことは、今、私には痛いほどわかります。
そして、孤立したまま30年も経ってしまいました。
いや、孤立とは違う・・・人と距離を置き、彼女は、深く、自分との対話を選んだのでしょう。

そして、出来上がったのが、この本です。
この本は、講談社のエッセイ賞を受けました。

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いろんなことがわかったのは、新聞に訃報記事が載ったあとでした。
いや、相変わらず、わからないことだらけではあったのですが・・・それでいい・・・と思いました。
わかったことは、伸子が、もういない・・・ということだけです。

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七年もかけて書き上げたという小説が、近く刊行予定だそうです。
その本で、彼女と出会えることが、今の、せめてもの慰めとなっています。

ご冥福を、心よりお祈りします。








by aomeumi2 | 2019-02-06 23:34 | 喜怒哀楽な人々 | Comments(8)